大山崎瓦窯跡

平安宮の所用瓦を焼成した平安時代前期の瓦窯跡に設置する説明板内の当時の想像図を担当させて頂きました。(平成20年[2008年]制作) ※文化遺産オンラインでの瓦窯跡の説明は▶コチラ

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現在は公園に整備されてキレイになっているが、この当時は発掘現場には入れず、通りに面したこの場所に案内板が立っているだけだった。撮影した季節が季節だけに寂しい感じがしてしまう。2010年2月撮影

説明板の拡大写真。原稿はA3サイズで描いた。

1回目のラフ絵。出土の詳細は図面で頂き、それを想像画に忠実に反映しないといけない。しかしこの初回ラフは出土した跡の寸法と人物の寸法が全くあっておらず、言下にダメ出しを喰らったもの。お恥ずかしい…。

2回目のラフ絵。前回の寸法の反省を元に描き直す。人物と瓦窯の大きさが1回目とは全然違うのがお分かり頂けるだろう。おおよそこの形でOKがでる。

3回目のラフ絵。画像正面左端の窯から出る煙を目立たせるのと、上部の林の密集度合いを指摘される。1回目のラフで竹を描いたが、現在の植生と当時の植生は違うとの指摘だった。そこにも気を付けないといけないのかと勉強になった。

左図の着色ラフ。おおよそこの様な感じに仕上がりますよ、というもの。デジタルが普及する前は本描きして納品するまでどんな色合いになるかを見せるには一度ラフに実際に着彩する必要があったが、この頃よりデジタルで着彩することで効率が上がった。

完成納品図の線画。このページ最上段の完成図の線画状態の絵。3回目のラフから、画面左手前の瓦を造る東屋の柱の高さが変更となった。ラフより低くせよとの指示だった。手描きはここまでで、ここからはスキャンしてデジタルで着色した。印刷用途に耐えるスキャンを自宅ですることは難しかったので(現在でも色の出方を考えるとスキャンはプロにお願いしたい)、線画までを手描きで行い、その後はデジタルで着色した。

◆埋蔵文化財の仕事について

 地方自治体には、所管する区域内で出土した埋蔵文化財を保護・管理する部署がある(埋蔵文化研究所や埋蔵文化研究センター等)。出て来た埋蔵文化財を整備・保存することになると、その現場に説明板が設置されたりする。今回の仕事でいえば、出土した遺物や瓦窯跡の土の凸凹を記録した図面をもとに当時の様子を再現したイラストであり、それに加えて遺物や遺跡の写真、説明文と共に構成された看板が説明板ということになる。そういったサイン(説明板)類の制作・施工の仕事をされておられる方と、有り難いことに学生時代から長いお付き合いがある。最初はその方が大学の恩師に依頼した仕事のご縁で知り合った訳だが、私の独立後も何かと気にかけて頂き、今回の仕事に繋がった。

◆昔の暮らしに思いを馳せるのが好きだった

 子供の頃、テレビで放映されていた「まんが日本昔ばなし」が好きだった。特にお祖父さんやお祖母さんが囲炉裏端で鍋を掛けて料理を作っているシーン、たき火が燃える樣、鍋の中で出来る料理、自分の身の回りには無いそんな情景がすごく好きだった。(劇中のふろふき大根がとても美味しそうなので、母にねだって作ってもらったが、大人の味は子供には分からなかったのか、イメージと違ったこともある。おかん、ごめん。)

 長じて高校生の頃、書店で手に入れた「図説 民俗探訪事典」(著者:大島暁雄・佐藤良博・松崎憲三・宮内正勝・宮田登、山川出版社、ISBN:4-634-60090-0)を眺めるのが楽しかった。衣食住から生活、仕事、民俗芸能まで写真や図版とともに紹介された新書サイズの本だ。昔の暮らしを自分自身がするとなると大変なのは理解しつつも、そういう暮らしの中に没入してみるのがずっと好きだった。(※版元ドットコムというところに本の情報があった。詳しくは▶コチラ

◆昔の暮らしを描ける仕事はとても大好き!

 子供時代から青年時代を通して、上述の様に昔の暮らしを想像したり描いたりするのはとても大好きだ。しかし専門で歴史を勉強している訳ではないので、時代考証とかに自信がある訳ではない。でもこの仕事は埋文研の方からの依頼になるので、そこら辺の部分は大船に乗ったつもりで安心出来る訳だから、喜んで引き受けた。しかし、こういう専門の仕事は初めてな訳で、普段の絵からは思いよらない制約というか、守るべきことがあるのに気が付いた。

◆考えてもみなかった指摘が次々と…

 上掲のラフ1回目の下絵でも書いたが、先方から渡される資料の中には、出土した地面の凸凹(絵でいえば窯と東屋の間の地面の穴)も正確な図面となっている。そこにはちゃんと寸法も記入されているのだが、初回のラフ描きでは、厳密には考えていなかった。おおよその参考程度にしか思っていなかった訳だが、ラフを提出してすぐにダメ出しを喰らった。そういうところにも気をつけないといけないのか!と勉強になった。

 大山崎のこの現場近辺はJRと阪急が走っている。車窓からは、この遺跡の方が上にあるので見えないが、その奥の山肌は見える。それを覚えていたので竹林を描いてみたら、これもダメ出しを喰らった。その当時は竹は生えていないとのことだった…。そらそうか!現在生えているからといって、それが昔から生えている訳では無いよな…と、目から鱗だった。

 それ以外にも、先方の研究の結果で変更になった箇所もある。東屋や瓦を干すための低い屋根、水と土をこねて粘土にしていた場所やその溝などだ。ここら辺は1回目と2回目のラフ絵を見比べてもらうと違いがお分かり頂けるだろう。完成稿の線画と3回目のラフ絵を見比べてもらうと、手前の東屋の高さが低くなっている。これも先方が熟慮の結果(理由は失念してしまったが、強度とかだったかも)、低くすることになった。

◆俯瞰の絵は難しい

 大学では恩師の先生の許で京都国際マンガ展を企画開催するお手伝いをしていた。そこに集まった作品の中で、先生が関心して話していた絵が印象に残っている。曰く、主に風景などを見下ろして描くのを俯瞰の構図という。①この俯瞰の構図で絵を描くのは結構難しいということ。②小さい人物などを均一な線で描ききるのも難しいということだった。

 今回の絵は、その性格上俯瞰で描かないと全体像が表現出来ない。(普通の目線の高さで描くと、奥にいくほど小さくなり重なって隠れてしまうのだ)。という訳で、俯瞰の構図で小さい人が沢山いる絵に挑戦となった。特に気を付けたのが「重量」の表現だ。画中の人物は重い瓦を運んでいる。その重さを表現したかった。俯瞰構図の小さい人物でそれを表現するのは結構骨が折れた。完成原稿の左手前で、水と土をこねて造った粘土を抱えて東屋に運んでいる人がいる。また画面中央右では、窯に積めるために瓦を数枚抱えて運んでいる人がいる。ずっしりと重いものを運ぶ際にどうしたら重さが出せるかな?と、自身の過去の経験や実際に重いものを持ってみて感じを掴んだ。しかも絵の全体の寸法と比べてもらうと人物がとても小さい。その中で、そういう微妙な雰囲気を表現するのは難しかった。

 …そんな思いをして描いた絵なので、是非そういう目線で観て味わってほしい。

◆現場へGO!

 現在は、後程紹介するが絵も施設もリニューアルしており、この絵は見ることが出来ない。しかしリニューアル時のイラスト制作も私が担当しているので、この絵よりバージョンアップした!絵をご覧頂けます。もし興味のある方は現地まで足をお運び下さいましたら幸いです。

たなべたい記

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